母の日に奈良ラライ

日本で過ごす 5年ぶりの母の日。

ということで 、奈良駅からちょいと歩いたところにある
萬葉植物園へフジを見に行って来ました〜
 
しだれたフジがとても綺麗で、まるでジブリような世界に癒された
GW最終日の母の日でした。
 
f:id:marina10feb93:20160510005041j:image
 
f:id:marina10feb93:20160510012028j:image
 
森の精霊とたわむれた後は、
 
f:id:marina10feb93:20160510012115j:image
 
f:id:marina10feb93:20160510012129j:image
 

お久しぶり、五重の塔さん。

 
 
 
そして
 
実は一番のメイン
 
柿の葉寿司👏👏
日本食で一番好き。
 
f:id:marina10feb93:20160510012627j:image
 
天ぷらとお蕎麦、
そして奈良が生んだ国宝、柿の葉寿司🌟
柿の葉に包まれた、シンプルなサバとシャケのお寿司です。
 
関西お越しの際は是非!
 
 
それからトコトコ奈良町を歩き
 
行き着いた
くず餅のお店
 
f:id:marina10feb93:20160510012838j:image
 
綺麗な畳のお部屋で、オーダーしてから作る
フレッシュくず餅を満喫〜
 
それから 地酒試飲の立ち飲みのお店へ。
 
f:id:marina10feb93:20160510013034j:image
 
まずは奈良産の甘酒と日本酒を頂戴しました。
 
なんだかめでたい気持ちになり
次は
 
f:id:marina10feb93:20160510013201j:image

ダブル『五神』の日本酒を頂戴。

 
精いっぱい めでたい気持ちになって、
大阪に帰ってきました。
 
f:id:marina10feb93:20160510013334j:image
 
奈良は生まれて中学の途中まで住んで、
楽しいことも 辛いこともいっぱい経験した場所だから
ちょっと暗いイメージがあったんだけど、
 
今回 5月晴れの中で、最高にキラキラした森やお花、
ごはんにお酒に癒されて、奈良が大好きになりました。
 
ハッピー母の日(^O^)
 
10年ぶりくらいにカーネーション
お洒落なルームフレグランスをあげたら、
母が純粋にめちゃ喜んでて、女ってちょろいなと思いました。
 
 
 

同性婚について(うるさい独り言)

とても驚くことが新聞に載っていたので、
わたしのひとりごとを聞いてくださいな。
 
うちの実家は産経新聞の隣にあって、1年間無料で配達してくれるから今年は産経を取ってるのですが、産経が偏ってる~と実感したわかりやすい記事があったのでシェア。(就活で通信社を受けたとき、産経新聞を取ってるって言ったら、面接官めっちゃびっくりしてた。どんだけイロモノなの産経。)
 
 
産経新聞には、そのひとが「正論」と思うことをひたすら一方的に述べる
「正論」というコラムコーナーがあって、
コラムって本来、誰かのいち見解を述べるものだから全然よろしいと思うんだけど。
 
麗澤大学八木秀次教授が『同性愛反対』を訴えるコラムはさすがにひどいと思った。
 
 
この教授は、同性婚を認めることで
 
異性愛を指向する大多数の人たちの価値観に混乱を来してはいけないし、
婚姻はあくまで男女のものであり、それを前提とした制度・慣行も守らなければならない。」
 
「基本を譲れば社会は崩れ、少子化も一気に加速する。」
 
「これは同性婚を認めた米国から得られる教訓でもある。」
と言ってて。
 
はあ?が止まらない。
 
 
1.「異性愛を指向する大多数の人たちの価値観に混乱を来してはいけない」
 
って、なんでやねん。なんで大多数が正しいねん?価値観に混乱来さないっすよそんなんで。
 
別に好きだった人がゲイでも、ゲイに好かれても、隣の家のカップルがゲイでも、価値観に混乱を来したとしても、
別に良くない?もし自分が同性愛者だったらこんな事言えないでしょ。
 
 
2. 宗教上とか伝統のことで同性婚認められないのは、わからんでもない。
(わたしはキリスト教徒だが、不真面目なのでクリスチャン的な意見は言えない)
 
けど、この人の記事の
「婚姻はあくまで男女のものであり」
って。あくまでって何基準なの!?
「あくまで」で片付けるなんて、真剣に悩む人たちに失礼。
 
 
3.「少子化も一気に加速する。これは同性婚を認めた米国から得られる教訓」
 
はい。意義あり。
アメリカは別に同性婚認めたからって、少子化は一気に加速してないし、
昨夏認められて一年も経たない法律を持ってくるなんて、なんの証拠にもなってない。
 
そうやって、なにもわかんないと思ってアメリカを引き合いに出して、読者を欺くこの教授なに!? 
もしアメリカの例を言うなら、きちんとした文献を記して、数字を出して説得させてよ。
 
 
こないだも産経新聞の記事がわかりにくすぎて、はあ?だったから直接新聞社にメール送ったのに 返ってこない。
そんな産経新聞に明後日、就活で会社訪問しに行きます。
 
産経新聞の記事は面白いしわかりやすいのも多いと思うけど、
この正論コラムは、短いから意図が伝わらないのもあると思うけど、時々はぁ?と思うことがあって、悲しくなります。
 
普段「なんでもどうでもいいわ~」というスタンスの私までもが、怒ってブログにまで書いちゃうほどのスバラシイ記事でした。
もうほんとこんなこと記事にして、誰の得になるの?

「エコラム」ーリリー・フランキー

特別お題「青春の一冊」 
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

 

普通「青春」の後に続くサブタイトルと言えば、

〜仲間と切磋琢磨したあの頃〜

であったり

〜未熟だったわたしと彼〜

であろう。

ほう リア充!!がんばって行きまっしょい!な青春は 人生の華やかな宝物として、今後の彼らのキラキラした脳内とハートに 輝き続けるであろう。

大いに結構。

 

 

私の青春もキラキラしていた。

私の青春の後に続くサブタイトルは

 

青春〜ジタバタが人生だ〜

である。

ジタバタあがき続けた私を リリー・フランキーは、本を通じて肯定してくれた。

それだけで、大学時代は本当にたすかった。

 

女子校に6年間通った挙句、アメリカの大学に進学した。

世間知らずという事も、知らない。

脳にはぼんやりした夢しかなかった。

書くプロに、なりたい。

 

その一心でニューヨークの大学に 単身18歳でやってきた。

 

戦闘モードだ。

武器は紙ナイフほどの脆い英語力と、わたしが地球を変えるのよ。という勘違いな情熱のみ。

 

とりあえず文章なら、ジャーナリズムだな。

ほんでとりあえず新聞部に所属してたら、書けるし 人に読んでももらえる!

と思い、英字新聞も読めないくせに ジャーナリズムを学び、新聞部に飛び込んだ。

数年間、授業でも部活でもたくさん書いた。

 

ファッショントレンドや、各国のバレンタイン事情なんてゆう ゆる記事から

太平洋戦争における日米の哲学的な「正義」の差

なんていういわゆるバリバリなやつや

中国の情報規制の実態について、学生や雑誌社に中国まで取材しに行った。

勉強は、した。経験も積んだ。

しかし自信が出ない。

 

英語で、大して知識も無い私が何を書いた所で 誰かに影響を与えるとは思えなかった。

とにかく卒業までは、なーにも知らないことを隠すのに必死であった。

なんで日本の新聞もろくに読んだこと無い私が、アメリカでジャーナリズム学んでるねん。なんのコントやねん、おい!

と心の奥底で思いつつ、

異国でなめられたら終わり!いけいけどんどん!私最高!よっ未来のシェークスピア!と気持ちをハイにして奮闘していた。

 

課題を日々こなす生活で、友達を作り遊ぶ時間も無く、毎食ご飯も一人であった。

 

部屋に帰ると アメリカ人のルームメイトが居るので、部屋に帰るまでの夜道で泣き、部屋に入る前にトイレで顔を洗い、何も無かったように振る舞う事も度々あった。

なめられるのが怖かった。

 

そんな一方アメリカでジャーナリズムを学び、夏休みに日本に帰ってきた時は

気持ちはビートルズであった。

お前ら本当のロックを教えてやるよ!ロッケンロール!!

 

とここぞとばかりに大きく振る舞った。

痛々しかった。と当時を思い返せば思うが、

当時の私は視野が2センチくらいで、自分も他人も誰も見えていなかった。

 

そんな中、好きなアーティストがリリーフランキーさんのエッセイを薦めている記事を読んだ。

おでん君や、俳優としては認知していたが、リリーさんのエッセイは読んだことが無かったので、

本屋で10年以上前に書かれた彼のエッセイ「エコラム」を買って、夏の夜中にビールを飲みながら 読んだ。

 

感動した。

これまでで一番優しい、社会批評だと思った。

純粋に面白いんだが、考えさせられる。

エッセイの中には、数多くの社会生活不適合者が出てくる。

彼らは、彼らなりに 情熱を持ったり失ったりしている。生きることに正解も間違いも無い、というリリーさんの優しさがエッセイから飛び出し、私の胸に突き刺さった。

笑いの中に含まれる 優しさのお陰で、自信が無かった自分を肯定できるようになった。

 

米国に戻ると、能力のない自分を守るための緊張でガチガチになる事も多かったが、

お守りのようにリリー・フランキーのエッセイを持ち歩いた。

自信が無くて、失敗も多い自分を大いに肯定した。他人の事も肯定した。

とても楽に人と接することが出来るようになり、残りの大学生活は余裕を持って楽しめた。

2センチだった視野がぐんと広がって、多くの素敵な出会いにも恵まれ、よりキラキラした大学生活になった。

 

アメリカの大学生活での青春が終わり、

次は社会という大舞台での挑戦が始まる。

 

楽しいことも嬉しいことも あるだろう。

これまで以上に 辛いことも悲しいこともあるに決まっている。

 

壁にぶち当たった時に 

否定せずに優しい心で自分も他人も見つめる 

そんなリリーイズムを胸に焼き付けて

たくさんの出会いと喜びを たくさんの人と共有できるような 人間になれる様

引き続きジタバタ人生を謳歌したい。