はらまりなの空回りな日々

旅行や日々のあれこれを介して、思ったことを綴っています。今何かしらに影響を受けてるんだな、と暖かく見守っていただけると幸いです。何卒。

10年ぶりの再会

2018年4月28日 

ウェリントン空港到着。

10年ぶりのニュージーランド

 

懐かしいジュリータの笑顔が近付いてきて、私を強く抱きしめる。

私たちは、夢にまで見た再会を実感しようと、強く強く抱きしめ合った。

10年の月日が流れていた。

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中学の終わりから高1の終わり、まさに「思春期」をニュージーランドの首都ウェリントンから車で1時間程の海辺の街、オタキで過ごした。

 

体中に黒いタトゥーを彫ったマオリ族系の先生が、多様な髪や目の色をした学生がギュウギュウに詰め込まれた教室に私を招き入れ、学生達に紹介する。

物珍しそうに私を凝視するクラスメイト達。

彼らの会話に耳を傾けるが、聞き慣れない英語はさっぱり理解できない。

 

やっと仲良くなったクラスメイトに誕生日を聞こうと、

「うぇん いず ゆあー ばーすでい?」

と何度も話しかける。が、通じない。

「バス(車)?」

「、、ちがう。ばーす」

「ああ!バス(風呂)」

「だから、『ばーすでい』だって!」

てなことを繰り返し、元々なかった自信が消滅間際まで小さくなって行く。

 

そんなもんだから友達もあまりできず、

できても、「どうせ私と話しても楽しくないだろう」と卑屈に思う憂鬱な日々を過ごした。

誰が悪い、とかじゃなくて、私はひたすら自分に自信が持てなかった。

 

そんな自己否定の日々を続けていた私の高校生活であったが、ひとりのクラスメイトによって希望の光が差し込む。

 

ある日、シンデレラの様な金髪の女の子が私の隣に座り、他のクラスメイトに話しかけるのと同じ調子で「ハウアーユー?」と私に尋ねた。

 ジュリータという名前のその女の子は、「アイムグッド」と返す私を見て口角をぐっと上げて微笑んだ。

彼女の真っすぐな目が、私をひとりの人間として見てくれていることは、幼い私でもすぐに分かった。

初めて現地の人に対等に見てもらえた様な気がして、すごく嬉しかった。

 

それから毎日一緒にラグビーをしたり、裸足でテニスをしたり(案の定足の裏を火傷)、つまらない授業を受けるうちにどんどん仲良くなり、私は凛々しく、暖かく、自然体な彼女が、大好きになった。

ありのままの私を包んでくれた彼女の優しさは、戸惑いや寂しさに凍える私の心を熱くした。

そんな彼女との思い出を日記に綴ることが毎晩楽しみで、文章を書くってこんなに楽しいんだ、と気付いたのもこの頃だった。

 

そんな愉しい時間は風の如く過ぎ去り、とうとう日本へ帰国する日になった。

バス停まで見送りに来たジュリータは「これを私だと思って」と人形を私に手渡した。緑の目がジュリータそっくりの女の子で、長い黄色の髪の毛からは彼女の優しい香りがした。

 

空港に向かうバスの中から、涙を拭う彼女に向かって必死で手を振る。

次いつ会えるかわからないわたしたち。初めて経験する、先の見えない別れ。

もっと話したかった、もっと一緒に居たかった。

そんな名残惜しい気持ちを抱えたまま、私はニュージーランドを後にした。

 

 

それから10年で、私たちの環境は大きく変わった。

ジュリータは二人の子供のママになり、

私は米国の大学を卒業後、日本に戻って仕事を始めた。

 

いつも焦って前へ進もうともがく私は、10年間で8回も住所が変わった。

しかし、そんな私がどこに居ようと、ジュリータはいつも手紙やプレゼントを送ってくれた。

ニューヨークの大学で壁に打ち当たった時、就職に失敗して落ち込んだ時、恋が破れたり、どうしようもない孤独に包まれた時、いつでも愛情たっぷりの長い手紙で私を肯定してくれた。彼女の手紙は、愛の存在をいつでも証明してくれた。

 

テクノロジーが発展しようともずっと文通を続ける、そんなアナログな距離感が私たちには合っていた。

そんな関係が続いていたが、彼女の子供が少し大きくなり、私も就職して余裕ができた、「10年」という節目の年に再会する事になった。 

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ジュリータの運転する車は空港を出発し、私たちが出会った北島の小さな街オタキへ向かう。

ウェリントンからオタキまでは、最近高速道路が建設されたらしく、本来なら1時間で到着できる。

しかし私たちは、夕日に照らされる海岸通りをゆっくり進みながら、それぞれの10年間について語り合った。

 

ジュリータの旦那との出会い、結婚、19歳で息子を出産したこと。 

今は3歳の長女もいて、4人で暮らしていること。

オタキ唯一のピアッサーとしてピアスを開ける仕事をしていること。

お母さんの家の隣に家を買って、10年後には自分の持ち家になること。

 

私がアメリカの大学を卒業し、現在は広告で働いていること。

本当は書く仕事がしたいこと。

今は7年ぶりに家族4人で一緒に住んでいること。

 

たった数十分で10年間の隙間が縮まっていく。

とても驚いたが、私たちはやはり見えない何かで強く繋がっていたんだ、と確信した。 

それに、彼女と対等に英語で話して、笑って、共感し合えている事が、奇跡のように感じた。辛い事が多かったこの10年間が報われた気がした。

 

私はジュリータに出会って、乗り越えたい壁を見つけていなければ、アメリカの大学に行きたいなんて思わなかったと思う。

成長したいなんて、こんなに強く思わなかったと思う。

幼い私にとって、それほど彼女の存在は大きかった。

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車がワイカナイの小さな丘にたどり着いた。

 

丘の頂上から見える、懐かしいムラサキ色の夕焼け空。

遠くに浮かぶキャピティ島の後ろで夕日がキラリと光り、海を、そして町をオレンジ色に照らす。

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15歳のなにも分からない私の心を大きく揺らした町。

私が世界へと歩き出した原点に、やっと戻って来れた。

 

ジュリータが「この場所、私の旦那が教えてくれたの」と微笑む。

彼女が暮らすこの街は、高層ビルなんてひとつもなく、電車も1日2回しか停まらない。山と海と川に囲まれ、社会から隔離されたこの美しい町で、彼女は人生を根付かせて生きている。

 

懐かしいオタキのメインストリート(フィッシュ&チップスという魚の天ぷらとポテトの店が、短い通りになんと5軒もある)を通り抜けるとオタキビーチがあり、そのすぐ近くに彼女が家族と住む家がある。

 

車が家の前に停まると、彼女の旦那と子供達がドアの前に立って私を待つのが見えた。

恥ずかしそうに私を見つめる5歳のボストン君と、3歳のジュニークワちゃん。

背の高い旦那さんのヘマさんが、「ようこそ」と家へ迎え入れてくれた。

 

たくさんの絵や飾り、植物で色とりどりに飾り付けられているリビングでは、4月末というのに暖炉で木がパチパチ燃えていた。

季節が日本と真逆のニュージーランドは、ちょうど秋の終わり頃。

夜をゆっくり暖炉が暖め、暖かい空間を作っていく。

 

私はピンクの壁紙のジュニークワちゃんのお部屋を使わせてもうことになった。

可愛いランプや絵がバランスよく飾られている部屋からも彼女が子供達を愛情いっぱい育ていることが、よく伝わって来た。

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夕食には彼女の作ったマオリの伝統スープを食べた。

クムラという甘い芋や、ニンジンなどを豚と一緒に煮たもので、素材の旨さがしっかり感じれる、素朴だけど贅沢なスープだった。

 

食後には、旦那さんのヘマさんがチョコクッキーを焼いて、ホットミルクと一緒に出してくれた。

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ジュリータが、私が送った10年分の手紙や、写真アルバムを持って来てくれたので、一緒に見返す。

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昔自分が書いた手紙を見るのはとても恥ずかしかったけど、あの頃の私はどうしても彼女に感謝を伝えたかったんだと思う。

彼女が手紙を全て保管してくれている事にも感動した。

 

厚いアルバムの一枚目には、私が日本に帰国してすぐに送った年賀状が挟まれていて、幼い顔をした高校1年生の私が写っていた。

彼女にとっても、私が特別な存在なんだと思えて嬉しかった。

 

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彼女のアルバムには友達や家族の写真ばかり貼られ、彼女自身の写真がほとんど無い。

自分よりも周りの人たちを大事にする彼女らしいアルバムだな、と思った。

 

ジュリータの家のトイレのドアに、こんなポスターが貼ってあった。

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「小さいことを楽しみなさい。振り返った時に、それがとても大きく、大切な思い出だったと気付ける日のために」

 

お金や地位が物を言う社会では、つい大きなビジョンばかり思い描いて、小さい思いやりだとか、楽しみだとかをおろそかにしてしまう。

わたしも焦ってしまって「当たり前の生活」を愛でる事を忘れる時が多々ある。

  

しかし、小さな幸せが、大きな幸せに繋がる事を、ジュリータは誰よりも知っている。

三ツ星レストランなんて彼女にはどうでも良い事で、地球の恵みである食材を、皆で分け合って楽しく机を囲むことが幸せだと、彼女は知っている。

 

毎日周りの人々と地球の恵みに感謝し、当たり前を有り難いと思える彼女。

こうして10年振りに再会しても、彼女のそういうステキな所は変わってなくて、自分の家族を目一杯愛している彼女は、とても美しかった。

 

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