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長崎にて〜全体的にヘビーです〜

長崎のソウルフード、名物トルコライスを食べに、『ツル茶ん』へ。

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ナポリタンと、ピラフ、熱々のトンカツの上にカレーがかかっている

とってもボリューミーで、すんごーく美味しいトルコライス

妹とわけわけ。

一人では食べれない胃が弱めな姉妹。

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最終日は軍艦島に行く予定だったんだけど、

大雨で運航中止。

というわけで我々は、修学旅行以来の

原爆資料館へ。

 

 

 

長いらせん状のスロープを下り、資料館へ入る。

スロープの周りには2010から5年ごとに数字が減って行き、

原爆投下から現在までの70年の重みが体感できる。

 

1945で数字が終わり、資料館の入り口へと繋がっていく

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多くのキリスト教徒が殉教していった、哀しみの土地長崎に、またしても神は苦しみを与えた。

たくさんの祈りが毎日捧げられる土地に起きた悲劇。

 

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広島の原爆資料館に数年前訪れたときに、

米軍と大統領との手紙や資料から、日本が当時どれだけ卑下されていたかを痛感させられて、ショックだった。

(ドイツは爆弾や薬物を落とすとそれを研究する力があるから恐ろしいが、日本にはないから何しても大丈夫、と資料の手紙に書かれていた)

 

人を個人と思わずに、数字の塊と考える。

日本国籍を持ち、日本で生まれ育ち、日本の教育を受け、日本のメディアを信じる。

それだけで、日本人を「野蛮な生きる価値もない生き物」とまとめた。

 

その結果『日本人』が「顔の無いのっぺらぼうの野蛮集団」という認識になって、

酷い事もできたのかな。

 

73,884人の死者を出した、長崎の原爆投下。

その数も、正直私はピンと来ない。

 

73,884人みんな、私たちと同様誰かの息子や娘で

誰かの母や父なんだ、ってことを

気を付けていないと皆すぐに忘れてしまう。

 

この写真の丸焦げの死体が

写真に写ってる女の子の母親ということが

何十年か経った後に発覚した、と

案内員のおじさんが教えてくれた。

 

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腹を痛めて産んで、必死で体や心を削って育てた娘。

その娘にさえも気付かれない姿に身を変えた、お母さん。

なんの罪も無いこの二人が会話する幸せを、

一瞬にして原爆は奪った。

 

当時原爆投下の候補には、大阪も入っていた。

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もし大阪に原爆が落ちていれば、私はいまここに存在しなかったかもしれない。

 

 

アメリカの大学で歴史の授業を受けた時、

先生が「米軍の日本への原爆投下は正しかったと思うか」

と米国人たちに問いかけた。

 

長崎県佐世保出身の祖父から原爆の恐ろしさはよく聞かされていたし、

修学旅行ではたくさんの折り鶴と共に慰霊碑に手を合わせ、

二度とこんなことが起こらない様に、と祈りを捧げた。

 

そんな私は、先生の突然の問いに対して

当たり前の様に眉をひそめていたが、

半数の米国人クラスメイトたちは、

「それによってより多くの米国人の命が救われた」と原爆投下を正しい判断と擁護した。

 

わたしはびっくり仰天したが、「ああ、私が常識と思っていることは環境が変わると常識ではなくなるんだ…」と、世界の広さを再確認することとなった。

 

「核を持って、核と戦う」

 

その概念を、オバマ大統領は否定した。

しかし、トランプ次期大統領は肯定する。

 

綺麗ごとでは済まされない外交問題で、

終戦から70年経った今でも、変わらないことはたくさんある。

 

インターネットやSNSの登場は、互いの理解を深める革新的な手段であり得る。

互いを理解しあえる時代の到来か!?と見えても、

顔の無い活字の暴走は止める事ができないし、余計聞きたい情報ばかりが目に入るしくみになりつつあり、より危なくなってるという声も聞く。

 

終戦から70年経ち、グローバル化が進む今でものっぺらぼうの存在は消えない。

 

「If you wanna make the world a better place, take a look at yourself, and then make a change」

ー世界を良く変えたいなら 自分を見つめ、変わることだ

 

とマイケルジャクソンが歌う様に(♪Man in the mirror )

私だけでも 色んな幸せや苦しみを『想像』し『理解』しようと努めようと思う。

 

「世界平和を望む」とか言うくせに

ベッキーの苦しみを『想像』も『理解』もせず ごちゃごちゃ言う人にはならない様

2017年は柔軟に人の話をしっかり聞き、

本物を追求するスタンスで行きたいと思います。

相変わらず重めのわたくしですが、

本年もよろしくお願いいたします。