パリ最終日〜ライフイズビューティフル〜
早朝6時にバルセロナ空港から飛行機に乗り、
パリの空港に着き、それから妹のオススメのケーキ屋さん
ラ・パティスリー・デ・レーヴへ。
可愛いケーキを買い、
スーパーでパスタの材料買って帰宅。
久々のシャワーを浴びて、妹特製 ジェノベーゼパスタ。
愛。ほっこり。
夜にムーランルージュへ行くまで、あゆが宿題してる横でわたしは 今回の旅の味を噛み締めながら パッキング…
そんなこんなで夕日が落ち、公演時間が近づいて来たので
ムーランルージュは言わばポップなキャバレーなので
夜公演しかないのです。
ショーまで時間があったので、ムーランルージュの近くにある
”Cafe de Luna"というお店で最後の一杯。
最後のパリの夜は
名残惜しくなるほどに暖かくて、
この夢の様な空気に包まれて
ずっと優しい気持ちでいたくなりました。
ここのフライドポテトが人生で一番美味しかった…
そしてとうとうムーランルージュ!
ムーランルージュとは「赤い風車」という意味。
大きな風車がトレードマークの建物に入ると…
たくさんのテーブルとイスが結婚式場のようにぎゅうぎゅうに並べられ、
机には無数のピンク色のランプが…!
細部まで計算された可愛い内装…♡
わたしたちのテーブルの隣には、アメリカのヒューストンから来た老夫婦が座っていた。
ショーが始まるまで彼らのヨーロッパ旅行紀を聞きながらビールを飲んでいると、
幕が上がり、たくさんの若い男女の踊り子たちが舞台で踊り始める。
ショーのスタート!
まずは、若い男女によるダンス。これは…高校生の文化祭レベル。
二幕はマッチョなお兄さんによる大道芸。凄いんだけど、このへんから眠くなる。
第三幕は、熟女コーナー。ヒラリーそっくりの人が楽しそうに舞っていたので、すこし目が覚めた。
第四幕では上半身裸の乳丸出し美女達の舞いが繰り広げられ、興奮。
そして最後は お待ちかね!!
フレンチカンカン!!
キャーーキャーーー言いながら足を高く振り上げ、何重にも重なるカラフルなスカートを振り乱しながら、側転、開脚、ラインダンス…ああ、生きてて良かった…
ごちそうさまです…!
よだれを垂らしながら、うっとりする程に美しくパワフルな若い美女たちの舞いに酔いしれ、あっと言う間に公演終了。
セットの隅々まで、胸が熱くなるほどに洒落ていて
とっても素敵な劇場でした…。
私は帰宅後すぐ早くベッドに入り、妹は早朝まで課題。
子供用のぬいぐるみを作る課題だったらしく、せっせと縫っていました。
朝こっそり起きて、昨日買ったケーキに
日本から持って来た誕生日用ろうそくをさして、
火を灯す。
寝てる妹を起こして、
ハッピーバースデートゥーユゥ〜♪
21歳の誕生日はフランスや日本ではそんな大イベントではないんだけど、
アメリカではとても大切なイベントで
(アメリカは21歳からお酒も飲めて、バーやクラブにもいける)
この21という数字に縛られながら悪夢の未成年期間をアメリカで過ごした私からすると、見過ごす事はできない!
ということで、21歳をお祝いしたかったのです✨
ちなみに私の21歳誕生日当日は、四年制大学に編入したばかりで
一緒に祝ってくれる友人も居ず、
大して誰とも会話すらしないまま日が暮れたので
拗ねて日本から持って来たいいちこをコップ一杯だけ飲んで孤独を噛み締めながら寝ました…。その頃からかな、目が据わって来たのは…。
でもね、21歳は激動の一年だった!
中国に一ヶ月間滞在して、米国人や中国人たちと共に取材をしたことで、『常識』の概念を自分の常識で考えないようになったり、国際報道の面白さもよく知るきっかけになった。
親友のまりんちゃんが大学院のためにニューヨークに越して来て、マンハッタンで派手なパリピ達と夜遊びしながらも、
「なんか私たちが求めてるのと違うよね〜」とか言って絆を深めたり、
好きな人ができて浮かれたり失恋したり、
育った環境も何もかも全然違うコロンビア人のナタリーに強く通じるものを感じて仲良くなり、軽く彼女の家に住みだして心がまた暖かくなったり…
とても忙しくて、楽しい、夢の様な21歳だったな!
妹にも心がポカポカするような出会いがたくさんありますように!♡
ちょっくらフランスパンを買いに行って、
Uberを呼んで、妹とはしばしのお別れ。
穏やかな気持ちのまま、あっという間に大阪に到着。
21歳の妹と過ごす、未知なるパリでの一週間。
妹が過去の自分と重なることが何度もあった。
「言葉がわからないから、一度休学したい」
「自分がクラスの中でダントツに子供のような気がする。小学生が高校に混じってるような違和感」
「強くならないと自分しか自分は守れない」
「未知なる可能性を信じたい」
あの頃、視野の狭さや勘違いが私の魂を燃やしていた。
ふと外気に触れると、その炎はいとも簡単に消えてしまう。
「神様は乗り越えられる試練しか与えない」と紙に書き、パソコンに貼り付け
いつも自分を奮い立たせながら、学びに貪欲に書き続けた米国での学生時代。
自分の幼稚さ故の魂の乾きを「勘違い」と信じ込み、「生きている事なんて死ぬまでの暇つぶし」とロボットのように固まりながら必死に「就職」という現実を求めた就活期。
結局、唯一肩の力を抜いて 好きな事や考えをじっくり話し、理解してくれた広告会社に就職を決め、私の就職活動は終わった。
もっと上手く出来てれば、あそこも受かったかも…とか、
あそこに入った方が自分は毎日楽しく出勤できるかも…だとか、
考えだすときりがないほど、見た事の無い世界というのは輝いて見えるもので辛いのですが、
過去の自分には負けられない。
あの頃は良かった、なんて絶対に言いたくない。
無知を自信に変え、前へと進む。
その先にある本当の幸せへの旅は、今始まったばかり!
就職先として決めた会社では、これまでの自分がやって来た事をもっと成長させれる機会も多く、レベルアップには最適だと信じてる!
(信じてる!)
あとこれまでは記事とか歴史論文とか編集系のものしか書いた事が無かったけど、
帰国後には自分で一から作り上げる脚本を書いてプロに見てもらう機会もあったり、小説も書き始めたりだとか、
自分の可能性ももっと広がっているような気がするので
なんだかどっちにしろ結果オーライ!なんでしょうね。(このハッピー野郎!)
この旅でまた輝きだした魂の火を胸に、
今が一番楽しい!血が、骨が、今一番輝いている!
と思える今を作る事。
それが私の幸せだろうと思うのです。
神様は乗り越えられる試練しか与えない!